イカとデジカメ

▽カメラの進化と眼の進化

 

 カメラという道具は人間の眼を模して作られている。すなわち、カメラは眼の水晶体に相当するレンズ、虹彩に相当する絞り、網膜に相当するフィルムや撮像素子を備えている。

 またカメラが進歩すると共に、眼と同様の自動露出、自動焦点機能が備わるようになり、さらにデジカメになると自動ISO感度機能が搭載されるようになった。まさにカメラは人間の眼をモデルに進化し続け、さらに人間の眼を越えようとしている。

 カメラの進化は人間による技術進化の歴史である。では人間の眼そのものは、どのように進化してきたのか?

 チャールズ・ダーウィンは1859年に『種の起源』を出版し、その中で、きわめて不完全で単純な眼から、完全で複雑な眼に至るまで、数多い段階が存在するだろうと述べている。そして実際に、さまざまな動物の眼を比較し、原始的なものからより複雑なものへと、順に並べることは出来るのである。

 

▽単体露出計のような眼

 

 もっとも原始的な眼は、単細胞生物に備わっている。例えば水中に棲息するミドリムシは「光センサー蛋白質」を備え、光の明暗を感知できる。言ってみれば単体露出計のような、ごく単純な機能で「眼点」と呼ばれる。ミドリムシは眼点で光を感知すると鞭毛を動かしその方向へと泳いで行く。なぜならミドリムシは植物と同じく葉緑素を備え、光合成しながら生きているからである。

 

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ピンホールカメラの眼

 

 単細胞生物が進化すると多細胞生物になるが、同時に眼点も進化して「眼」と言える構造を備えるようになる。例えば「生きた化石」と言われるオウムガイは、イカのような体と貝殻を持ち、分類学的にアンモナイトに近い。

 オウムガイは一見イカのような眼を備えているが、実はレンズのない「ピンホール眼」なのである。人間のカメラ史も、まずピンホールカメラが発明され、次いでレンズ付きカメラが発明されたのだが、生物進化も同じ道を辿っていたとは面白い。ただしオウムガイの眼球は直径10㍉程なのに対し1㍉程の穴が空いており、ピンホールとしては大きい。そのため像のピントはボケているが、その分明るい視界を得ることができる。 

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▽レンズを備えた眼


 

 オウムガイが進化すると殻が退化しイカになるが、同時にその眼にはレンズ(水晶体)が備わるようになる。そして実にイカの眼は、基本的に人間の眼と同じ構造なのである。

 イカは貝類を含む軟体動物の一種で、脊椎動物である人間と較べて、はるかに原始的だと言える。実際、イカは魚類よりも体の構造が単純で、骨はあってもそれは退化した貝殻に過ぎない。しかし眼だけはレンズ付きの立派なものを備えている。そのためイカは優れた視覚を備え、そして驚くべき能力を発揮する。

 

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液晶モニターを備えた眼

 

 イカの中で最も進化したコウイカは擬態の名人だ。例えば砂地にいる時のコウイカは、体の模様が砂地そっくりに擬態し、発見するのが難しい。ところが同じコウイカが海藻の上に移動すると、パッと瞬間的に海藻そっくりの模様に変化し、さらに岩場に移動するとまた瞬時に岩そっくりの模様に変化する。

 私はこのようなコウイカの擬態をNHKの科学番組で初めて見たのだが、あまりの見事さに仰天してしまった。

 コウイカの体色変化の秘密は、体表にある無数の色細胞で、これが筋肉の力で瞬時に伸縮し模様を変化させるのである。この様子を顕微鏡で撮影した動画を見ると、まるでデジカメの液晶モニターのようだ。

 と言うよりも、コウイカそのものが、まるでデジカメのような存在なのである。

コウイカは眼の水晶体(レンズ)を通して網膜(撮像素子)に結像した像を体表(モニター)に映し出すという点で、デジカメとそっくりだ。人間は実に、長い年月をかけて高度な技術を積み重ね、結局は太古から存在するコウイカと同じものを、デジカメとして開発したのである。

 しかしコウイカは眼で見た風景をそのまま体表に映すのではなく、擬態のためにまず地表を複写し、その解析パターンを表示するという点で、デジカメより高度化している。

 さらにコウイカは皮膚を立体的に変化させることによって、地表の立体パターンをも再現できる、3Dカメラとしての機能も持っている。

 それだけでなくコウイカのオスメスが求愛する際、体の模様が鮮やかなCGアニメーションのように連続して変化する。つまりコウイカの体色変化は擬態によって身を隠すだけではなく、視覚によるコミュニケーション能力をも備えているのである。

これは人間の機械に置き換えると、スマートフォンに近い機能を備えていると言えるだろう。

 人間による技術の進化は生物進化の後追いでしかなく、そのことは人間の技術が進歩すると共に、より明らかになってゆくのである。

 

 

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白い砂地に擬態したコウイカ(左)が、海藻に近付くと瞬時に体色が変化し、海藻そっくりに擬態する(右)。

https://www.youtube.com/watch?v=mhobFeXr2Xs動画より画像切り出し