写真は「何者」によって発明されたのか?

○写真家が存在しなかった時代

 

 写真を発明したのは誰か?写真史を少しでも知っている人なら、ニエプス、ダゲール、タルボット、などの名が挙げられるだろう。しかしふと気付いたのだが「写真」の発明以前に「写真家」は存在しなかった。つまり写真は「写真家ではない者」によって発明されたわけで、ではそれは一体「何者」なのか?があらためて気になってしまった。

 ここで基本的なことを確認すると、まず写真が発明される以前から「カメラ」はこの世に存在していた。それが「カメラ・オブスクラ」(暗い部屋の意味)で、レンズ(あるいはピンホール)からスクリーンへ投影された「像」をなぞり描きする、画家のための描画装置である。カメラ・オブスクラの発明者は不明だが、ルネサンス期の画家たちによって使用され始めている。そして時代が下り産業革命が始まると、カメラ・オブスクラの像もまた自動的に定着させようという試みが、されるようになったのである。

 

ダーウィンの叔父による実験

 

 その最も早い例がトマス・ウェッジウッド(イギリス・1771〜1805)で、1800年以前に「写真」の実験が行なわれたとされている。ウェッジウッドが試した感光剤は感度が低く、カメラ・オブスクラの暗い像は写せなかった。しかしウェジウッドは感光材を塗布した紙の上に物を直接置き、そのシルエットを写すことに成功した。ところがシルエットは時間が経つと消えてしまい「写真」として不十分であった。

 さて、このトマス・ウェッジウッドは何者か?まずイギリスの陶器メーカー「ウェッジウッド」創業者の息子であり、数多くの芸術家のパトロンだった。また進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの叔父でもあり、自身も科学者だった。ウェッジウッドは幼児教育を通じ「幼い脳が吸収する情報の大部分は視覚に由来し、光や映像が関わっている」と見抜いた。そのような知見から、いち早く写真研究への情熱が芽生えたと考えられる。

 

○ナポレオンが認めた内燃機関の発明者 

 次いで写真の研究を始めたのがニセフォール・ニエプス(フランス・1765〜1833)で、カメラ・オブスクラの像を化学的に定着させる実験を1826年ごろ成功させ、この世界初の写真術を「へリオグラフ」と名付けた。

 ニエプスは発明家で、1807年に兄クロードと共に世界初の内燃機関「ピレオロフォール」を完成させた。粉じん爆発で推進する仕組みで、これを搭載したボードで川を遡上する実験をし、当時のフランス皇帝ナポレオンから特許を授かっている。

 その後ニエプスは世界初の写真撮影に成功するが、露光に数十時間を要し実用上問題があった。そこで光学用品店で出会ったルイ・ジャック・マンデ・ダゲール(フランス・1787〜1851)の協力を得て、写真術の改良を試みたが、志半ばの1833


年に脳卒中で急死してしまう。


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*ニエプスが写真撮影以前に取り組んだ内燃機関「ピエオロフォール」


ジオラマ劇場の興行主

 

 ダゲールはニエプスの遺志を受け継ぎ写真研究を続け、1939年に露光時間を十数分に短縮した「ダゲレオタイプ」を完成させた。ダゲールの特許は当時のフランス政府が買い上げ、誰にでも使用する許可を与えたため、ダゲレオタイプは世界中に広がり、写真時代の幕開けとなった。

 ダゲールはもともと画家であり、なおかつ自ら発明した「ジオラマ劇場」の興行主だった。これは大型の娯楽施設で、半透明スクリーンの表裏に異なる場面の風景画が描かれていた。そしてスクリーンに当てられた照明を変化させることで、観客に「移ろいゆく風景」のイリュージョンを観せた。ダゲールはジオラマ劇場のためにカメラ・オブスクラを使って絵を描いており、それが写真発明の動機につながったのである。

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*ダゲールが「ジオラマ劇場」のためにカメラ・オブスクラを使用して描いた風景画

 

◯数学者にして考古学者

 

 さてダゲールの写真術が公表されて驚いたのがフォックス・タルボット(イギリス・1800〜1877)である。なぜなら彼も独自に写真の研究を進めており、未発表のまま中断していたのである。タルボットはその後1841年に独自のネガポジ式の「カロタイプ」を完成させ、世界初の写真集「自然の鉛筆」も刊行した。

タルボットはダゲールと反対に絵が下手で、カメラ・オブスクラの像を上手くトレースできず、それが写真開発の動機となったとされる。そんなタルボットが写真研究を中断したのは、数学研究に没頭したためである。彼はケンブリッジ大学卒の数学者で、化学や光学の論文も執筆する科学者でもあった。さらに紀元前8000年ごろの古代メソポタミア文明の遺跡から発掘された「楔形文字」の解読にも貢献し、考古学者としても名を残している。

  以上、駆け足で見たように、写真を発明したのは何者か ?はひとことで表せないほど、それぞれ多様な活動を行なっている。実に昔の人は、現代のスマホのように「多機能化」していたのである。そう考えると現代人の多くは単機能化していると言わざるを得ない。いったい人間は進化したのか退化したのか?今あらためて考える必要があるかも知れない。