人間の眼の焦点距離は何㍉?

○標準レンズは人間の眼に近い?

 

 写真の世界では一般的に、「標準レンズは50mm」だと昔から言われてきた。しかしそれは「35mm判カメラ」の場合であり、デジカメの場合は撮像素子サイズが変われば「50mm相当」のレンズの焦点距離も変わってくる。なぜなら写真の世界では慣習的に、レンズの「画角」を「35mm判カメラの焦点距離」に換算して表記しているからだ。

 これは初心者にとって実に分かりにくいと思うのだが、フィルム時代から写真をやっている人にとっては「50mm」と言えば標準で、「28mm」と言えば広角で、「14mm」となるとずいぶんな超広角レンズだなぁ……という具合に直感的に分かりやすいのである。

 そこでAPS-C規格では33mmレンズが、マイクロフォーサーズ規格では25mmレンズが、それぞれ「35mm判換算50mm相当」の標準レンズとなるのである。

 ところでなぜ、標準レンズは50mm(相当)なのだろうか?私がカメラに興味を持ったのは中学生になってからだが、当時の写真関係の本にはどれも「50mmレンズは人間の眼に近いから」とその理由が書いてあった。しかし私はどうもこの説明にどうも納得できず、それは今でも変わらないのである。

 

○眼の直径から焦点距離を求める


 あらためて標準レンズとは何か?を考えるうちに、そもそも人間の眼の焦点距離は50mmなのだろうか?と言うことがあらためて気になってきた。

 そこでネットで調べてみたのだが、人間の眼の焦点距離を明記したサイトを見つけることは出来なかった。そこで発想を変え、眼球の直径を調べ、そこからおおよその焦点距離を割り出してみることにした。

 すると眼科系のページがいくつかヒットして、これらの情報を総合すると、人間の眼球は「直径約23〜24mm」であることが分かった。また眼球は「厚さ約1~1.5mm」の強膜に覆われ、レンズに相当する水晶体は「厚さ4~5mm、直径9~10mm」であることもわかった。

*人間の眼の構造

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1紅彩 2強膜 3脈絡膜 4網膜

ぎもんしつもん目の辞典(医新会HP)より

 

 そこで取りあえず眼球の直径「24mm」として、そこから強膜の厚さ「1.5mm」と、水晶体の厚さの半分「2.5mm」を差し引いた「20mm」を水晶体の焦点距離としてみた。

 次にF値(口径比)も計算してみたが、これは「焦点距離÷レンズ直径」で求められる。従って水晶体の焦点距離「20mm」を、水晶体の直径「10mm」で割ると、口径比「F2」ということになる。しかし人間の目には絞りに相当する虹彩があり、これも考慮する必要がある。虹彩によって出来た穴が瞳孔だが、その直径は健康な人の場合「2.5mm〜4mm」とされる。これを絞り値に換算すると「F5〜F8」ということになる。

 以上をまとめると、人間の眼には「20mm F2」レンズが搭載され「F5〜F8」くらいで調節されている、ということになる。この数値は計算上のもので誤差はあるだろうし、個人によっても違うはずだが、いずれにしろ「50m標準レンズ」よりはかなり短いと言える。

 そういえば50mmレンズで絞りを開けて人の顔を撮ると、被写界深度が浅くなり背景がぼけて写るが、いっぽう肉眼ではそのように見えることは決してない。どうもおかしいと思っていたが、原理が分かると非常に納得できるのである。

 

○人間の眼の画角は何㍉相当か?

 

 それでは人間の眼に近い標準レンズは50mmではなく20mmなのか?と言えば話はそう単純ではない。始めに述べたように、レンズの焦点距離はレンズの画角も表しており、ここのところをキチンと整理しなければならない。

 まず人間の眼の画角はどれくらいか?目を正面に向け動かさないまま両手を広げると、視野の端のどこまで見えているかが確認できる。すると人間の視野は左右で約120°あることが分かる。

 画角120°のレンズとは何か?を確認すると、35mm判フルサイズ用の「焦点距離12mm」のレンズがそうで、これは並の写真家も人が使いこなせないほどのウルトラ広角レンズである。ところが12mmレンズで撮った写真は四隅までハッキリ写っているのに対し、人間の視界は中心がはっきり見えて、周辺に行くに従ってボケてゆき「見える」という意識自体も遠のいていく。

 いやそもそも、写真は四角い枠で区切られていて、その枠がレンズの画角を決定しているのに対し、人間の視界には明確な境界が存在しない。また写真が「静止画」なのに対し、人間の眼は常に動いている。だから「50mmレンズは人間の眼に近い」などという記述自体がナンセンスで非科学的なのである。

 

○基準としての標準レンズ

 

写真は「見たままを写す」とよく言われるが、実際は人間の視覚と写真とは、全くと言って良いほど異なっている。写真には写真独自の法則があり、それを「日常的な視覚体験」と切り離して冷静に捉えることが、写真上達の路ではないかと思うのだ。

 結局のところ「50mm標準レンズ」とは、写真の法則における一つの基準だと考えられる。つまり50mmレンズが基準となって、「望遠」や「広角」などレンズの分類が可能になるのである。基準があって分類があるからこそ、焦点距離(画角)ごとの特性を理解し、それを活かした写真表現が可能になる。「基準」が分からなければ判断に迷うことになり、そのため初心者が安易にズームを使うと写真が上達しないと言われるのである。